洗濯機が来た日のこと ~89歳のおばあちゃんの洗濯ヒストリー~
いまでは洗濯機は当たり前。
ボタンひとつ押せば洗って、すすいで、脱水までしてくれます。
でも私が若かった頃は違いました。
木のたらいと洗濯板でゴシゴシ洗うのが当たり前。
そんな時代に初めて洗濯機を見た時の感動は、今でも忘れられません。
そして私は、どうしても洗濯機が欲しくて、
「買ってくれないなら家に帰らない!」
と家族を困らせたことがあるのです。
今日は、昭和34年に我が家へ初めて洗濯機が来た日の思い出をお話しします。
Contents
■ 初めて見た洗濯機の衝撃
昭和33年(1958年)の9月末。
当時わたしは電話局に勤めていましたが、京都の電電公社の学園に入学することになり、寮に入ることになりました。
そこで初めて見たのが、洗濯機。
寮の洗面所にドンと設置されていて、びっくり!
「これが洗濯機!?」「しかも自由に使えるの!?」
とても嬉しくなりました。
その洗濯機は、おそらく「噴流式洗濯機」だったと思います。
洗濯槽の底にある皿が回って水流を起こし、汚れを落とすタイプです。
脱水は、洗濯物を一枚ずつ横に取り付けられたローラーに通して絞るという仕組み。
それまで家では木のたらいに洗濯板でゴシゴシ手洗いしていたので、とにかく感動しました。
「洗濯って、こんなにラクなんだ!」
「家にもあったらいいのになあ」
寮の洗濯機は人気で、順番を取ってみんなで使っていました。
あのとき、わたし、洗濯が好きになったのです。
洗濯機を買ってもらうための“強硬手段”!
学園は1年で終わり。
寮生活も終わって、また洗濯機のない我が家に帰ることになります。
そこでわたし、考えました。
「帰っても洗濯機がないのはイヤだ!」
「買ってくれないなら、家に帰らない!」
……なんと、そんなわがままを本気で言ってしまったのです(笑)。
結果、昭和34年(1959年)9月、わたしの願いが通じて、洗濯機が我が家にやってきました。
近所では一番早い導入だったと思います。
あのときの強気な一言が、家族の洗濯をラクにしてくれたのですね。
洗濯が手洗いだった時代
「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に…」
そんな昔話のように、洗濯といえば川やたらい、洗濯板でゴシゴシ。
それが当たり前の時代が長く続きました。
洗濯は、女性の大仕事。
子どもが多い家では、本当に大変だったことでしょう。
水はバケツで運び、袖は鼻水でカチカチになり、洗濯板で何枚も手洗いして…。
わたしもそんな時代を生きてきた一人です。
洗濯板は、1797年に発明されたそうですが、誰が発明したかははっきりしていないとか。
それでも、明治・大正・昭和と、洗濯には欠かせない道具でした。
洗濯機の歴史を少しだけ
世界初の電気洗濯機は、1908年(明治41年)にアメリカで誕生。
日本では、昭和3年(1928年)からアメリカ製が輸入され始め、昭和5年(1930年)には国産も登場します。
戦後の昭和27年(1952年)には東芝が攪拌式の「P型」を販売し、昭和28年には三洋電機が噴流式を発売。
昭和30年代にはテレビ・冷蔵庫・洗濯機が「三種の神器」と呼ばれ、一気に普及しました。
洗濯の進化は止まらず、一槽式から二槽式、全自動、そして乾燥機付きへ。
いまでは楽天市場で簡単に購入できる時代ですから、便利になったものですね。
まとめ
昔の洗濯は、本当に大変な家事でした。
母たちは家族のために、冷たい水で重労働をこなしていたのです。
わたしも洗濯機のなかった時代を知るひとり。
だからこそ、洗濯機がどれだけ画期的な発明だったか、身に染みて感じています。
そして、あのときの「買ってくれなきゃ帰らない!」が、家族を洗濯地獄から救ったのかもしれません。